その石に水を供えること

どうも、死にぞこないです。
今回お話しするのは、当時大学生だったAさんという男性から提供された、2000年代前半の体験談だ。
Aさんは当時、学費の足しにするため、都内の古いオフィスビルで深夜の警備アルバイトを行っていた。
当時はまだガラケー全盛期。
深夜の暇つぶしといえば、携帯のパケット代を気にしながらテキストサイトを巡回するくらいのものだったという。
その仕事には、少々奇妙なルールがあった。
「深夜2時ちょうど、地下にある石の前に、コップ1杯の水道水を供えること」
実際、地下にある薄暗い設備室のさらに奥、壁の窪みに古びた神棚が設えられており、そこには文字も顔も彫られていない、ソフトボール大の薄汚れた丸石が『六』つ、ただ等間隔に並べられていた。
Aさんにとってそれは、現代の合理的なビル管理において全く無駄としか思えない、田舎の迷信じみた悪習にしか見えなかった。
ただの汚い石ころに水を供えるなど、馬鹿げていると感じていたそうだ。
アルバイトを始めて数週間が経ったころのこと。
慣れない深夜の連続勤務で、Aさんには疲労と強烈な睡魔が蓄積していた。
その夜、仮眠室のパイプベッドに横たわっていたAさんの体は、鉛のように重かったという。
「たかが石に水をやるだけ。意味はない。昨日の水と変わっていなかったとしても、バレることはないだろう」
Aさんはそう考え、水のお供えをサボって眠ることにしたという。
異変が起きたのは、深夜2時を少し過ぎた頃のことだ。
仮眠室の外から、奇妙な音が近づいてきた。
ズルッ……ズルッ……ズルルッ
なにか…肉の塊を引きずっているかのような、おぞましい音だったそうだ。
Aさんは思わず飛び起きた。
しかしそこは、どういうことか仮眠室ではない。
赤黒い空が広がり、針のようにとがった山に囲まれた荒地。
ドブ泥と腐った生魚を混ぜたような、吐き気を催すほどの生臭い悪臭が漂っている。
あまりの匂いに顔を背けると、ほとんど骨と皮だけになった人間が、別の人間を食っていた。
Aさんはその場から逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けない。
いや、そもそもどちらにいけば逃げられるのかもわからなかった。
よく見れば遠くでは、たくさんの人間が、別の人間を食っている。
いや、それだけではない。
食うのではなく、ただひたすらに殺し続けているだけの人間もいた。
バットのような武器を別の人間に叩きつけ、倒れた人間を踏みつけて武器を振り下ろす。
Aさんがそんな光景を見ていると、やがて周囲がAさんの存在に気付いたらしい。
人間をひたすらに食っていた者どもが、人間をひたすらに殺し続けていた者どもが、Aさんの方へと近づいてくる。
Aさんはあまりの恐怖に悲鳴を上げた……が、声は出なかった。
Aさんの記憶に残っているのは、そこまでだという。
気付くと、交代の先輩がドアを叩いていた。
そこはまぎれもなく仮眠室のパイプベッドだ。
つまり、Aさんが見たのは夢ということになる。
ただ、夢だとしてもあまりにも怖かったため、Aさんはすぐにそのアルバイトを辞めた。
そして、そのビルの土地の来歴を調べたらしい。
するとそこは江戸時代、行き倒れの死体や身元不明の罪人の死体を弔う、共同墓地のような場所として使われていたという。
弔うといっても、丁寧に扱われたわけではない。
巨大な穴へ、雑に死体を投げ込むようなかたちで処理していた。
そして、そんな雑な扱いを打ち消すようにか、地蔵が置かれていたという。
死にぞこないメモ
この怪談に出てくる「石」とは、恐らく「地蔵だったもの」だろう。
近代化に伴うビル建設の際、邪魔になった地蔵は顔や形を削られ、ただの丸石に成り果てた。
そのうえで、ビルを販売していくうえで不都合という理由から、陽の当たらない地下の暗がりに押し込められたのだ。
ちなみに、地蔵とはもともと、地蔵菩薩という仏だ。
地蔵菩薩は、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道のそれぞれに現れ、人々を導くとされている。
おそらく石の数はこの道のそれぞれを意味しているのだろう。

死にぞこない
[ Contact / X ]洒落怖系怪談を投稿していた怪談師。 怪談を負い過ぎてるから、多分、そのうち祟りで死ぬ。 でも生きてるから、死にぞこない。 ごめん、かっこつけた。 …本当は、ユーザー名を 42って取得しようとしたのに、 ミスって41って入力したから。 42になりそこねた42ぞこない。