この扉は閉じたまま

どうも、死にぞこないです。
今回お話しするのは、当時中堅の営業マンだったCさんという男性から提供された、2000年代前半の体験談だ。
当時はまだコンプライアンスも緩く、深夜まで接待や飲み会で泥酔するのが日常茶飯事の時代だった。
ある金曜の夜、Cさんはしたたかに酔っ払い、最終電車に揺られて帰路についていたという。
しかし、アルコールの過剰摂取のせいか、不意に急激な尿意と便意が彼を襲った。
どうしても限界まで耐えきれなくなったCさんは、自分がどこにいるのか駅名を確認する余裕すらないまま、途中の駅で転がり降りたそうだ。
人気のない深夜のホームから階段を駆け上がり、薄暗いトイレに飛び込む。
するとそこは、昭和の匂いが色濃く残る、くすんだ白いタイル張りの公衆トイレだったという。
奥の方へ進むと、最も近い個室の扉には、『七』という文字がペンキで大きく書かれていた。
その文字の下には、黄ばんだ紙が貼られており、掠れた文字でこう書かれていたそうだ。
「この扉は閉じたまま」
清掃員の物置か? それとも、ただの故障か?
Cさんはそう思ったが、限界を迎えていたこともあり、他の個室を確認する数秒すら惜しかった。
だから、扉を乱暴に開け放ち、中に駆け込む。
幸いなことに、便器も水洗タンクも壊れておらず、水もしっかり流すことができた。
トイレットペーパーも充分な量がセットされていたという。
Cさんは安心して用を足し、手を洗ってトイレの外へと出た。
すると……駅の周りに、真っ暗な空間が広がっていたという。
もちろん、最終電車に揺られてきたのだから、真っ暗なのも当然だ。
しかし、その暗さは夜のものではない……そうCさんは感じたという。
終電が出た後ではあったが、駅の電気はついていた。
だから、たとえ周囲にお店などがなくとも、電気の灯りによって多少なりとも周囲の風景が見えていいはず。
だが、そうした光がない。
たとえお店がなくとも、街灯の灯りや信号の灯りなど、何か光があってもいいはずだ。
しかし、光そのものがない。
闇だ。
Cさんは今さらのように、どこで降りたのか気になった。
しかし、駅内には駅名を示すものがまったくなかったという。
Cさんは、どうしていいか分からなくなった。
本来であれば駅を出て、ホテルのような場所を探した方がいいのだろう。
けど、このまま駅を出たら、戻ってこれない……そんな気がしたという。
だからCさんは、駅のベンチに腰かけ、呆然とするしかなかった。
そうこうする内に、酔いも手伝って、寝てしまったらしい。
意識を失い……次の瞬間Cさんは、自分の身体がゆさゆさと揺すられていることに気づいた。
目を開けると、Cさんを揺すっていたのは駅員で、そこは途中駅のひとつ。
これまで下車したことはないが、確かに通勤中見聞きしたことのある駅だったという。
きっと、あまりに酒を飲み過ぎたせいだろう。
そう考えたCさんは、それを機に深酒をまったくしなくなったそうだ。
死にぞこないメモ
Cさんの遭遇した状況は、「きさらぎ駅」を思い起こさせる。
「きさらぎ駅」もまた見知らぬ駅で降りると、あたりに真っ暗な空間が広がっていて、この世とは思えない状況だったというエピソードだ。
ただ、このエピソードで注目したいのは扉に書かれた数字だろう。
この数字は1週間の日数を意味するが、仏教では死者が閻魔大王による裁きを受けるまでの日数や、回数も意味している。
つまり、生と死とを区切る数字といえるのだ。
生と死の区切り……こう考えると、なぜ「閉じたまま」にしなければいけなかったのか、理解できるような気がする。

死にぞこない
[ Contact / X ]洒落怖系怪談を投稿していた怪談師。 怪談を負い過ぎてるから、多分、そのうち祟りで死ぬ。 でも生きてるから、死にぞこない。 ごめん、かっこつけた。 …本当は、ユーザー名を 42って取得しようとしたのに、 ミスって41って入力したから。 42になりそこねた42ぞこない。