踊り場に荷物を置いてはならない

どうも、死にぞこないです。
今回お話しするのは、中年の引っ越し業者であるBさんから提供された、2000年代前半の体験談だ。
当時、Bさんは単身赴任や学生の引っ越しを安価で請け負う小さな業者で働いていた。
カーナビもまだ普及しきっていない時代、Bさんは紙の地図を頼りに、ある昭和築の老朽化した団地へ向かったそうだ。
その団地はとにかく古かった。
まず、引っ越し業者泣かせなことに、5階建てにもかかわらずエレベーターがない。
ただ階段を上がるだけならまだいいが、重い家具を持ったまま5階まで何度も上り下りするのは、さすがに骨が折れる。
さらに、仕事を厄介なものにする暗黙のルールまであった。
「下から数えて『四』階にあたる踊り場には、絶対に荷物を置いてはならない」というものだ。
もともと団地の踊り場に私物を置くのは消防法などの観点からも褒められたことではない。
とはいえ、住民は皆、そこまで気にして暮らしているわけではない。
だから他の階には、住人が置いた小さな植木鉢や子供のおもちゃ、ちょっとした飾りといったものが雑然と置かれていたらしい。
しかし、「荷物を置いてはならない」というその踊り場だけは、飾るどころかゴミすら落ちておらず、恐ろしいほど殺風景だったという。
このルールはパっと見、住民のためのもので、引っ越し業者には関係がないように見える。
ただ、律儀に守ろうとすると、いったん荷物を置くことすらできないというのが問題だった。
そもそも、踊り場の数を数えなければならない。
というのもこの団地は、3階の次が5階なのだ。
だから、5階建てなのに6階まで存在している。
したがって、ルールを守ろうとすれば階数表示に頼ることはできず、いちいち踊り場の数を数えることになる。
なんとも面倒くさい、引っ越し業者であれば確実に嫌がる現場といえた。
もちろん、Bさんも例外ではない。
しかもその日は、酷暑といっていいほどの暑さだった。
時刻は午後。
ギラギラと照り付ける太陽が、チリチリと痛いほど肌を焼く。
そんな中本がぎっしり詰まった重いダンボールを抱え、薄暗い階段を上っていくのだ。
中年といっても老境に差し掛かっているBさんにとって、悲鳴を上げたいほどのしんどさ。
もちろんBさんは悲鳴を上げるようなことはなかったが……Bさんの腰は悲鳴を上げた。
ピキリ!と鋭い痛みが走ったそうだ。
ちょうどそこは、例の「絶対に荷物を置いてはならない踊り場」だった。
ルールとはいっても、所詮暗黙のルール。
しかもBさんは住人ではないし、荷物を置きっぱなしにするわけでもない。
「少し置くだけなら、文句を言われる筋合いなんてない」」
そう思ったBさんは、腰の痛みを優先し、コンクリートの床にドンとダンボールを直置きした……はずだった。
しかし、コンクリートの床に置いた感覚が、ない。
グチャッ……とまるで、肉塊の上に荷物を置いたかのような感覚だったという。
えっ、と思い足元を見ると、ダンボールの底が、ズブズブ……と床へ沈み始めている。
いや、それは床ではない。
赤黒く濁った、血の塊のようだ。
Bさんは思わず後じさりしようとしたが、動けない。
ダンボールのみならず、Bさんの足も沈んでいたからだ。
ズブズブと……まるで底なしの沼にはまってしまったかのように、踊り場の床へ飲み込まれていく。
Bさんの平衡感覚がなくなっていく。
眩暈にも似た感覚に襲われ、思わずその場に倒れるかと思ったそうだが、倒れることはなかった。
おそらく、既に体の大部分が床に飲み込まれているせいだろう。
もはや、身体がどちらの方向を向いているのかすらわからない……。
そんなBさんを救ってくれたのは、同僚だったという。
同僚によるとBさんは、口から泡を吹いたまま、踊り場に倒れていたそうだ。
きっと、熱射病で倒れたのだろう……とのこと。
ただ、Bさんが持っていたはずのダンボールはその場から消え失せており、どこをどう探してもみつからなかった。
ダンボールの中の本は、そこまで貴重なものではなかったらしく、依頼主は荷物の紛失を不問としてくれたらしい。
ただBさんはその後、すぐに引っ越しの仕事を辞めたそうだ。
死にぞこないメモ
Bさんが行ったその団地のある場所は、昔は墓地だったらしく、「死」の気が溜まりやすいとされていたらしい。
団地を建設した際にも、不可解な飛び降りや、作業員の不審死が相次いだのだそうだ。
だからこそ最大限縁起を担ぎ、「死」を遠ざけようとした。
階数表示をなくし、さらに荷物を置かないというルールを敷くことで、名実ともに「存在しない階」として扱おうとした。
にもかかわらず、Bさんのような人が現れたということは、表面上存在しないものとして扱ったところで意味がないのか……あるいは、「存在しないもの」として扱ったことで、この世に存在しない別の何かを呼び寄せてしまったのか……。
いずれにしてもオレは、Bさんの身に起きたことは、決して熱射病ではなかったと思っている。

死にぞこない
[ Contact / X ]洒落怖系怪談を投稿していた怪談師。 怪談を負い過ぎてるから、多分、そのうち祟りで死ぬ。 でも生きてるから、死にぞこない。 ごめん、かっこつけた。 …本当は、ユーザー名を 42って取得しようとしたのに、 ミスって41って入力したから。 42になりそこねた42ぞこない。